March 22, 2017

『人はなぜ物語を求めるのか』

 人は意識しないまま「理由」や「意味」を見出し、客観的な出来事は因果の繋がりとして語られる。これが本書の中で「物語」と呼ばれるものだ。物語化の作用は、人間が生きていく上で不可欠な役割を担っている。好むと好まざるとにかかわらず、人は何かと意味づけずにはいられない動物なのである。だが、これも度を過ぎれば自分や他人を苦しめる原因ともなる。本書は、こうした物語が、人間の思考や行動に影響を与える仕組みを、できるだけ簡明に、明瞭な言葉で解き明かそうとする試みである。
 目指されているのは、「物語」の絶対化を避けると同時に、虚偽として拒絶するのでもなく、適度な距離を保って付き合っていくにはどうするべきかという問題だ。答えとして示されるのは、一種の中庸の姿勢とでも言うべき態度なのだが、その難しさもまた幾度となく繰り返し強調される。思うようには悟りへの道は開かないものである。

 個人的に興味深いのは、この本自体を一つの物語として読めるということだ。様々な媒体で見られる感想やレビューは、読んだ人がそれぞれの要求に応じてこの本を意味づけし、自分の物語へと組み込んでいく様々な具体例となっている。苦しみの原因に光を投げかける啓発書、新たな視点を提供するビジネス書、古今の名作を独特な切り口で紹介するブックガイド、物語論の入門書、等々。著者自らも、この本が「物語化」を原因とする個人的な苦悩から生まれた、現在も続く苦闘の過程だと述べている(まさに物語だ)。
 本書の狙いからすれば、その内どの読み方が正しいのか、といった論議は的外れなものだろう。解釈は読者へと委ねられており、著者自身も様々な読まれ方を恐れてはいない。自らを縛りつける物語からの解放は、同時に、自己が他者(の物語)へと開かれることでもある。中庸というのは、思うに、なかなかエキサイティングかつスリリングな体験のようだ。