April 24, 2016

佐藤友哉読者のための『ダンガンロンパ十神(中)』

 佐藤友哉の読者は佐藤友哉の裏切りに慣れすぎています。裏切られることを期待しすぎています。それがどんなやり方だったとしても、いちいち喜んでしまうのです。中には予想を超えた裏切りっぷりのためにブチ切れる人も出てきたりするわけですが、書く方はそういうことを折り込み済みであるに違いなく、読む方も大体はそういうのを求めて読むわけですから「またユヤタンがやらかした!」と拍手喝采を送るわけですね。作者と読者の幸せな予定調和ってやつです。

 例えば『十神(上)』で頻出した過去の自作品のネタ化は、ついてきてくれている素晴らしき読者のためのサービスと考えられますが、オヤジギャグ以上のものではありません。鬱屈と怨嗟に満ちた自意識芸を支持されていたユヤタンが、そんな恥ずかしい振舞いを堂々とやってのけるオッサンに成り果ててしまったのです。裏切りです。冒瀆です。悲しむべきことです。『バックベアード』以来、幾度となく繰り返されている、いつもの佐藤友哉(大人)。もはや安定と安心の佐藤節と言えましょう

 上巻であれだけ盛り上げてくれた(やらかしてくれた)佐藤先生が、中巻では一体どんな期待外れを見せてくれるのだろうか、とページを開けば、前巻終盤にド派手な登場をキメた鏡姉妹が、開始時点で既に敗北しているという、いきなりの肩透かし。笑えます。
 しかも、後半で明かされるその正体というのが『超高校級の軽音楽部』澪田唯吹と『超高校級の飼育委員』田中眼蛇夢。オリキャラの登場に不平を垂れるロンパファンへの対応だと思われますが、佐藤先生の大人げなさを感じぶるぶる震えてしまうのは僕だけでしょうか。何にせよ「そもそもダンガンロンパがどういう作風であったか」という問題提起を孕んだロンパファン読者への挑発とも取れる人選です。
「幸福な救済措置」だか何だか知りませんが、処理が雑ですし、直前の部分では長男まで追加登場させています。反省の色はまったく見えません。読者を舐めきっているかのような態度は、まさにユヤタンクオリティと呼べます。

 中巻の目玉でもある『十神一族史上最大最悪事件』は、孤島の館を舞台に起きる連続殺人事件でした。佐藤友哉にとっては『鏡姉妹の動物会議』以来となる、久し振りの本格ミステリとなっています。ここでの「本格」の定義は、人によって様々ですが、ここでは『青酸』的な本格観を採用しています(よって『青酸』は本格ではありません)。真相を暴くのは読者ではなく名探偵の役目ってのは、割と本格っぽいですね。
 一応本編と繋がりはするものの、ストーリーにはほとんど影響を及ぼしません。後々の仕込みにしたって、これほどボリュームを割くまでのことはないでしょう。半分以上使っちゃってますよ。
 しかし、その内容はと言えば、ちょっと擁護することも難しいというか、ちょっとひどい。作者自ら叙述トリックの可能性を繰り返し示唆し、改名候補を見れば真相がどんなもんかは大体察しがつくというもの。
 ダンガンロンパ世界には、『霧切』というミステリとしてもっと出来のいい先行作品がすでに存在しているわけですし、それと真正面から競合するような話を持ってくるのは、やや無謀とも言える挑戦です初めて佐藤友哉(というか「本格ミステリ」というジャンル)に触れるロンパファンにとっては、単に出来の悪い推理小説もどきと映るんじゃないでしょうか。七村彗星の客演もその印象を強めることに貢献しているように感じます。
 もともと、まともな推理小説を書けないことで有名な佐藤先生ですから、「推理小説をやる」というより、「出来の悪い推理小説みたいなことをやって読者をげんなりさせる」ことが目的だったと考える方が自然ではないでしょうか。まことに念の入った嫌がらせというやつです。
 まあ、こういったことが言えるのも佐藤読者だからこそなわけですね。

『ベッドサイド〜』以来、伊藤計劃インスパイア系であることを隠そうともしない佐藤先生、いや、別に構わないんですけど、『十神』でも上巻から百科事典に「ボルヘス」の名を採用したり、ETMLを模したりと、捻りも何もない伊藤計劃フォロワーっぷりですね。さらに今回では、霧切さんらしき人による「『絶望小説』に実体は存在しない」という発言が飛び出し、ただでさえ『虐殺器官』っぽいのに、これで出てくるのが「虐殺の文法」(もしくはそれに準ずるもの)だったらどうしよう……と今から下巻の内容が気掛かりです。
 などと思っていたら、突如現れ武力介入を始める世界保健機関(WHO)。どう考えても螺旋監察官なハーモニー性をブチ込んで来て、こんなパクリ許されてる状態怖え! 頭を抱えてしまいましたよ。


 荒唐無稽でリアリティの欠如した世界。ミステリ要素も、アクションシーンも、キャラクターも、プロットも、言葉選びも、設定も。何もかもが、薄っぺらく嘘臭く雑でいい加減で、どこかで見たようなものばかり。ロンパファンがどう感じるのかはわかりませんが、普通に小説としてみた場合、こんなものを面白がれるのは佐藤友哉の愛読者くらいなのではないかなと思います。
 いやだって、佐藤先生がそんな単につまんないだけの小説なんて書くわけないじゃないですか。



 ついでに付け加えておくと、P.256 で十神の言う「うんざりするほど、お前たちの目の前を飛び回ってやる」って台詞。まず「北の本物」こと Tha Blue Herb の『孤憤』が元ネタと見て間違いありません。同じ北海道出身だし、ロキノンでも扱われてましたし。
 原曲の該当箇所を参照してみると、「黙殺しようと思っても不可能だ。うんざりするくらい目の前を飛び回ってやる。テメエらの考えるほど、単純じゃねえんだ」なんですね。『十神』の本物論など関心はないけど、佐藤先生、煽りすぎでしょ。

April 18, 2016

『ダンガンロンパ十神(中)』レビュー(短縮版)

 前巻では軸がやや佐藤ファンへと傾斜していたのに対し、今回はダンガンロンパファンへと向いています。揺り戻しでしょうか。バランス感覚というやつかも知れません。原作を知らないために戸惑うところもありましたが、まあ何とかなるもんですね。佐藤先生通常営業です。ダンガンロンパのノベライズってことで、禍々しさよりもバカバカしさの配分が高くなってるんじゃないかなと思います。

 予告通りなかなかに本格的で、メフィスト賞作家の本領発揮といったところです。いつも通りの馬鹿げた世界が待ち構えています。ただ、佐藤先生はミステリを書くのが嫌いなんでしょうか。向いてないんでしょうか。それとも書く気がないんでしょうか。中国人は登場しません。

 ミステリパートを除けば大した展開は起こりませんし、大して話も進展しません(ウィキペディアの便利な使い方を学ぶことはできます)。やたらと設定が語られるところから見て、真っ当な下巻に向けた布石と取っても構わないでしょうか。

 話自体にはあまり意外性や驚きは感じられませんでしたが、15年小説でメシを食ってる三十五歳の作家がこれやっていいんだ! という謎の感動はありました。佐藤先生は三島由紀夫に謝るべきかと思います。